アスリート voice【無名選手から箱根駅伝のエースへ|中川 剛|洛和メディカルスポーツ京都丸太町】

アスリート voice【無名選手から箱根駅伝のエースへ|中川 剛|洛和メディカルスポーツ京都丸太町】

無名選手から箱根駅伝のエースへ

洛和メディカルスポーツ京都丸太町 フィットネス部
中川 剛(なかがわ ごう)

経歴

兵庫県豊岡市出身。中学から陸上を始める。高校卒業を間近に控えた3月に但馬地域の高校新記録(5000m)を樹立、翌年の春に山梨学院大学へ入学する。中・長距離ランナーとして活躍し、東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根駅伝)に3度出場し、区間賞を受賞(2009年)。卒業後は実業団(NTT西日本 陸上部)に9年間在籍し、ニューイヤー駅伝などに出場。2年目からマラソンも始める。2019年3月に競技を引退し、洛和会ヘルスケアシステムに入職。

実績

第84回箱根駅伝/10区15位、チーム総合6位入賞(2008年)
第85回箱根駅伝/9区 区間賞、チーム総合6位入賞(2009年)
第86回箱根駅伝/9区9位、チーム総合3位入賞(2010年)
第39回全日本大学駅伝対抗選手権大会/6区13位、チーム総合6位(2007年)
第40回全日本大学駅伝対抗選手権大会/6区2位、チーム総合3位(2008年)
第41回全日本大学駅伝対抗選手権大会/8区4位、チーム総合5位(2009年)

※2020.6.5時点

スタミナ作りのために始めた長距離走

小さな頃は、地元のチームに入って毎日ボールを蹴っているサッカー少年でした。ところが、入学した中学校にはサッカー部がなくて。走るのが速くなったり、体力がついたり、サッカーに何かプラスになれば…くらいの軽い気持ちで陸上部に入りました。高校も地元でサッカーを続けながら陸上部に入部。走る楽しさに目覚めたものの、当時は県大会に出場できるかどうかというくらいのタイムで、決して全国レベルではありませんでした。

人生を大きく変えた記録会

そんな私の陸上人生を大きく変えたのが、高校3年生の3月26日に行われた兵庫県の記録会でした。私が通っていた豊岡南高校は翌年からの統合が決まっていて、自分たちの学年が最後の卒業生だったんです。つまり、その記録会も豊岡南高校としては最後のエントリーになるわけです。どうしても新しい記録を出して、母校の名前を残したいと思いました。そんな思いで走った5000mは14分59秒93で、なんと但馬地区の高校生記録を更新。さらに驚くことに、そのレースを見ていたある実業団の監督が声を掛けてくださり、そのご縁で山梨学院大学へ進学する話が出てきました。

新しい道に懸ける想い

記録会の時点で、すでに数日後から通う大学も決まっていましたし、私の実力では、入部できても選手として箱根駅伝に出場するのは厳しいのではないか、という周りの声もたくさんありました。でも、憧れ続けた箱根駅伝出場にもしかしたら手が届くかもしれないと思うと、どうしてもチャレンジしたくて、反対する両親を説得し、入学して半年後に退学届けを出しました。

山梨学院大学 中・長距離部員、120人!

そして翌年の春に山梨学院大学に入学し、陸上部に入部。さすが名門陸上部だけあって、周りは全国レベルの選手ばかりでした。入学の経緯はドラマチックですが(笑)、入学後の毎日は地道に堅実に、1年目はただがむしゃらに走り、毎日筋肉痛でしたね。私にとってレベルの高い選手に囲まれた環境は合っていたようで、2年目からは強化グループの一員としてメンバー争いに絡めるようになってきました。

初めての箱根駅伝! 結果は…

2回生の冬、とうとう箱根駅伝(復路10区)に出場することができたのですが、夢がかなったうれしさのあまり、緊張とプレッシャーで結果は散々なものでした。想像以上に声援がすごくて、走っているときも自分の足音や呼吸が聞こえず、ペースが全くつかめないんです。体がふわふわしていて、地に足が着いていませんでした。チームは6位入賞したものの、個人的に納得できる結果ではありませんでした。

立ち上がり、経験を活かして区間賞

3回生になって後輩を引っ張っていく立場になり、いつまでも失敗を引きずっていられず、チームも「挑戦」をスローガンに優勝を狙って一致団結していました。悔しい思いをバネに奮闘した結果、6区で出場した全日本大学駅伝対抗選手権大会は区間2位、箱根駅伝は裏のエース区間といわれる9区を走って区間賞を取りました。ただ、優勝を目指していたチームは6位にとどまり、また悔しさが残りました。

想像もしていなかった自分

そして最終学年、約120人が所属するチームの副キャプテンになりました。3年連続で箱根駅伝に出場、チーム総合3位。その結果に本気で悔しがれるチームの代表になれたのは、信念を持ってやり続けたからだと思います。陸上を通して学んだことは「挑戦」「忍耐」そして「感謝」ですね。卒業後は関西の実業団に9年間所属し、ニューイヤー駅伝や琵琶湖マラソンなどに出場、2019年の3月に現役を引退し、11月に洛和会ヘルスケアシステムに入職しました。

走ることの楽しさを伝えたい

配属先の洛和メディカルスポーツ京都丸太町では、今までの経験を生かして歩き方や走り方の運動指導を行っています。体のことはある程度分かっているつもりでしたが、まだまだ勉強が必要な部分も多く、会員さんに対する「伝え方」のスキルも磨きたいと思います。今後は、子どものかけっこ教室やアスリート向けのマラソン教室などを定期的に開催し、ウオーキングを含め、陸上を楽しむ人たちを全力で応援していきたいです。

関連ページ

洛和メディカルスポーツ京都丸太町
〒604-8405 京都市中京区西ノ京車坂町12
TEL:075(802)9030
月~土曜日:午前8時30分~午後8時
※日曜日・祝日・年末年始(12月30日~1月3日)を除く

わたしのはなしカテゴリの最新記事

会報誌らくわ

地域の医療機関と洛和会ヘルスケアシステムをつなぐ会報誌

地域の医療機関と洛和会ヘルスケアシステムをつなぐ会報誌「季刊らくわ」

「会報誌らくわ」2024年7月号(2024年7月1日発行)

洛和会ヘルスケアシステムのSDGs

洛和会ヘルスケアシステムのSDGs

洛和会理事長のメッセージ

洛和会ヘルスケアシステム 理事長 矢野裕典からのメッセージ

洛和会SNS公式アカウント