- 開催日:2017年6月20日
- 講師:京都下肢創傷センター センター長 兼 洛和会音羽記念病院 皮膚科 部長 医師 松原 邦彦(まつばら くにひこ)
はじめに
本日は、歩行を守ることが、命を守ることになるということをご説明したうえで、私の携わっている創傷ケアについて、お話しします。
そもそも人間にとって、歩くとは
人間は、直立二足歩行します。実はこれは人間だけの特徴です。犬も立っちできますし、ペンギンもまっすぐ立っているように見えますが、犬の場合は足と背骨が「クの字」に曲がって立っていますし、ペンギンの場合は、膝が90度曲がった相撲取りのような姿勢で立っています。なぜ人間だけが、直立二足歩行できるようになったのかは、進化論でも結論は出ていないようです。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
直立二足歩行は、散歩する程度のスピードに非常に適しています。四足の動物は、速く歩く方が疲れないようですが、人間の場合はゆっくり歩くと疲れずに気持ちが良い。これは、体に刷り込まれた感覚かと思います。
では、ご先祖たちはどうだったでしょうか。やじきた道中で知られる「東海道中膝栗毛」では、弥次さん、喜多さんが泊まった宿がすべてわかっています。江戸から、名古屋(宮宿)までは350キロありますが、これを10日で歩いています。途中に寄り道したりしながらの旅ですから、実際はもっと歩いているのでしょうが、単純計算でも1日35キロ歩いている。すごいことですね。江戸の庶民は1日3万歩、歩いていたともいわれています。
どれぐらい歩いたら
歩幅と歩行距離の関係は、大股で歩くと、歩幅は身長の半分にあたります。歩幅が50センチなら、1万歩で5キロ、歩幅80センチなら1万歩で8キロとなります。
私たちはどの程度歩いたらいいでしょうか。江戸の常識を現代に持ってきてはいけません。厚生労働省は「1日1万歩」を推奨していますが、これは若い人も含めた数字で、70歳以上の人は「1日6000~7000歩を」としています。
筋肉の量は
筋肉は、加齢とともに減っていきます。20歳の時の筋肉量を「1」とすると、腕や足の筋肉量は高齢になると減ってきます。下肢の方が減りやすく、80歳ごろには男女とも「0.7」前後まで落ちてしまいます。
筋肉量は、高齢になっても適度な運動で増やせますが、だからといって運動をしすぎると「心肺に過度な負担をかける」「骨や筋肉を傷める」「動脈硬化などが進む」「免疫力が低下する」「栄養不足になる」などが逆効果となって、かえって老化が進んでしまいます。特に病気をお持ちの方は、主治医とよく相談してください。
楽しく歩いて過ごせる程度が良いと思います。
足を失う人が30秒に1人
歩きたくても歩けない、足が変形していたり、壊疽(えそ)や傷がある…などなど、治りにくい足の病気を抱えている人は、少なくありません。ひどい場合は、糖尿病による壊疽などで足を切断しなければならない時もあります。世界的な医学雑誌「LANCET」は、「世界のどこかで、30秒に1人の割合で、糖尿病のために足が失われている」と警告しています。
有名人では、歌手の村田英雄さんが糖尿病のため足を失いました。晩年は車いすで活動されていましたが、両足とも義足でした。
糖尿病になると…
- 神経が鈍くなる(神経障害)
- 血管が細くなる(動脈硬化症)
- ばい菌に弱くなる(免疫低下)
3つの症状が起きることで、さまざまな症状を引き起こします。
糖尿病性神経障害
神経がまひすることによる足の変形は、足の指が伸びなくなったり、土踏まずの部分が逆にそっくり返ったり…とさまざまです。ひどくなる前に、治療することが大切です。
糖尿病性血管障害
太い血管も、細い血管も障害されます。細い血管の障害は、検査でも見つかりにくく、いきなりひどい症状が出ることがあります。細い血管はカテーテルも入りにくく、診断も治療も困難です。特に、糖尿病性腎症による透析患者さまに多い障害です。
足の切断を防ぐ
足の創傷は、いったん治療しても、何もしないと数年以内に半数以上の人が再発します。この病気の難しいのは、病気がさまざまな分野にまたがっているため、一つの診療科だけでは治りきらないところにあります。欧米でも、どの科が診るのか、議論となっています。
創傷ケアは、中心となるセンターと、周囲の多くの科が協力して治療に当たる必要があります。私の携わっている「京都下肢創傷センター」は、そのための組織です。
実際の治療は、原因を診断した後で、各科の専門分野を生かした創傷治療や血流改善、全身状態の改善などを行い、除圧や再発予防につなげます。
靴選びの誤解
以下のような誤解をして言える人はいませんか?
- 「幅の広い靴がよい」
- 「やわらかい靴がよい」
- 「ひもを緩めた方がよい」
- 「家では健康サンダル」
これらはすべて誤りです。
正しい靴には、足のゆがみを防ぐ効果があります。やわらかすぎる靴、大きすぎる靴ではだめです。
健康サンダルは、健康な人のためのサンダルです。傷ができやすい人には刺激が強すぎます。
足は手と比べて見落としがちですが、自己チェックで異常がないかを確かめましょう。
歩行を守るために
足の切断を防ぐためには、病状が進行する前に適切な治療や予防をすることが大事です。
京都下肢創傷センターは、各分野の医師をはじめ、看護師や義肢装具士らがチームを組んで、創傷ケアにあたっています。
義肢装具士による装具外来も併設しており、個人に合った靴や中敷き(足底板)の選定、作成も行っています。適切な中敷きを入れると、足の負担がぐっと減る除圧効果が得られます。
京都下肢創傷センターは治りにくい足の傷、壊疽などの専門外来です。
院内、院外諸施設との連携を推進しています。洛和会音羽病院で月~木曜日の午前に外来診療をしています。完全予約制、紹介患者さまのための外来です。
足の異常に気付かれたら、早めにかかりつけ医や皮膚科で相談してください。
質疑応答から
Q 除圧効果がある靴の中敷き(インソール)は、どこで手に入れられますか。
A 京都下肢創傷センターには専門の義肢装具士がいるので、患者さまの場合は、その人に合ったインソールを作ってもらえます。一般の店では、「シューフィッター」という資格を持った専門家がいる靴屋さんに行けば、いろいろなものがあります。健康な人でも、インソールを使ったらいいと私は思っていて、私自身も使っています。
引用
- 「東海道中膝栗毛」の旅
- 糖尿病は食事で治る
- 「足の創傷をいかに治すか ―糖尿病フットケア・Limb Salvageへのチーム医療―」市岡滋、寺師浩人 編:克誠堂出版
- 株式会社中部ミレニア
プロフィール
京都下肢創傷センター センター長 兼
洛和会音羽記念病院 皮膚科 部長
松原 邦彦(まつばら くにひこ)
- 専門領域
下肢を中心とする慢性創傷 - 専門医認定・資格など
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医
日本東洋医学会漢方専門医
臨床研修指導医
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