はじめに
顎に痛みを感じる人が多いですが、多くは顎関節症です。今日は、顎関節症とは何か、何が原因なのか、どう予防するのかという話をいたします。
顎関節症って何?
まず、顎関節症とは何でしょうか?
- 顎が痛む=顎関節痛・咀嚼(そしゃく)筋痛
- 口が開かない(開口障害)
- 顎を動かすと音がする(顎関節雑音)
以上3つの症状の1つ以上に当てはまると顎関節症です。顎関節雑音の患者さんが多いですね。この雑音の後、痛みが出るケースが多いです。
顎関節痛・咀嚼筋痛
下図を見てください。側頭筋と咬(こう)筋が痛みの中心になる部分です。「イー」と歯をかみしめると、膨らむ部分にある筋肉です。ここの痛みをかばっていると、他の筋肉にも影響してきます。
顎にも関節があります。まず、関節の構造を説明すると、関節は関節包という膜で覆われています。顎関節の関節包に炎症が起きるのが、顎関節痛です。
顎の骨はどこの骨ともくっついておらず、周囲の筋肉で牽引された構造になっています。「口が開かない(開口障害)」「顎を動かすと音がする(顎関節雑音)」は、顎の骨の間を滑ってクッションの役割を果たしている関節円板の位置がずれた時に起きる症状です。関節円板が正しい位置からずれると滑りが悪くなり、最初は音が鳴り、それ以上に進むと口が開かなくなります。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
顎関節症の原因
下顎はどの骨にもくっついていません。左右対称の下顎骨は左右対称の筋肉で引っ張られています。そのバランスが崩れどちらか片方に過度の負担が掛かると、関節円板がずれて発症します。
バランスが崩れる理由は、次の図のようにいろいろありますが、病院に来られる患者さんで多いのは、かみ合わせの異常、食いしばる癖、偏咀嚼(偏ったかみ癖)、一日中、上下の歯が当たった状態になっているケースです。とりわけ、一日中その状態にしていることが最近、指摘されている大きな理由です。
TCH(歯の接触癖)
歯を接触させる癖は「TCH」といい、顎に大きな負担を掛け、肩凝りや顎の筋肉の痛みの原因になっています。
この癖のある人は、「歯痕」といって舌に歯の跡がついています。頬の内側にも白い線がついています。こういう人は歯を食いしばり、歯ぎしりをしています。
片かみ
片方に偏ってかむのも、顎関節痛の原因です。
原因は個々の咬み合わせもありますが、
- 歯科治療中で片方でしかかめない
- 入れ歯がない
- 入れ歯が合わないため、つけていない
が多いです。
それが片かみを起こします。
病院で診察していると、入れ歯が合わない人、歯を抜きっぱなしで入れ歯を入れない人もいます。こういう人には、入れ歯の調整や新製が必要です。かかりつけ歯科がない患者さんは内科の医師から紹介を受けて来られる人もいます。
「顎関節の雑音」を自覚する人の割合は、歯科疾患の実態調査によると、20代と40代の女性に多いです。ストレスやホルモンによる影響と思われます。
歯ぎしり・食いしばり
歯ぎしりや食いしばりは、ストレスや歯列不正が原因で、歯ぎしり防止用のマウスピースをするのが治療法です。
歯ぎしりで歯や入れ歯がすり減ってかみ合わせが深くなることも顎関節に影響を与えます。
顎関節症の治療・理学療法
理学療法では、物理療法と運動療法があります。
物理療法は
- 手指による筋肉のマッサージ
- ホットパック等の温罨法
- 低周波治療による筋肉への電気刺激
- 鎮痛を目的としたレーザー照射
運動療法では
- 筋肉やじん帯のストレッチ
- 顎関節の動きを良くして開口量を増加させる
- 下顎可動化訓練
- 疲れやすい筋肉を鍛えて耐久性を向上させる
- 筋力増強訓練
筋力増強訓練ですが、よくかんで食べることです。人間は3、4カ月間、口の筋肉を使わないと物が食べられなくなります。口の筋肉は衰えます。
顎関節症の治療・薬物療法
薬物療法には
- 消炎鎮痛薬
- 筋弛緩薬
を使います。
一方、ストレスによる食いしばりや歯ぎしりの治療には
- 抗不安薬
- 抗うつ薬
- 抗精神薬
を使います。これらは内科で処方してもらうことになります。
アプライアンス療法
顎関節症には、マウスピースやスプリントというアプライアンス(専用器具)を用いる治療法があります。上顎、または下顎の全歯列を覆い、睡眠時の歯ぎしりや食いしばり時の咀嚼筋の緊張緩和や、顎関節周囲の筋肉への負荷を軽減させます。
下顎安静位
下顎がリラックスしている状態を下顎安静位といいます。唇は閉じているが、歯が3mm~5mm離れている状態です。マウスピースを入れることでこの状況を作ります。そうすると、筋肉が楽になります。
下顎は一つの骨の塊です。かみ合わせが高くなると、かみ込んだ時に頭と顎の間が開き、顎の軟骨が戻りやすくなります。これがマウスピースの効果です。
マウスピースの治療
- 筋肉をリラックスさせる
- 関節包への負担が少なくなる
- 軟骨のずれを戻す
マウスピースを用いることで、これら3つの治療効果があります。顎関節症の治療は、ほぼマウスピースによる治療です。
顎関節症の症状
- 顎が痛む(顎関節痛、咀嚼筋痛)
- 口が開かない(開口障害)
- 顎を動かすと音がする(顎関節雑音)
これらすべての症状に対しマウスピースをつけることで改善を目指します。
治し方は
- 大きく口を開けない
- 硬いものはかまない
- 両側で咀嚼する
こうすることで筋肉や関節への負担が軽減されます。歯の治療、義歯により両側で咬むことが予防法であり、治療法でもあります。
難治性の顎関節症
次のような治療の難しい顎関節症もあります。
- 線維筋痛症(一般的な検査では原因不明で、さまざまな症状が生じる)やうつ病が同時にある場合
- 慢性疼痛と呼ばれる長期化した状態
顎関節痛を放置し長期化すると、軟骨が入っているスペースで線維化が進みます。頭の骨と顎がくっつく症状で、こういう状態になると手術が必要です。
他の病気を同時に持っている場合
内科的な病気の関節リウマチや、皮膚の炎症を伴う乾癬、膠原病などでは、顎関節症とその病気が相互に関係している場合があります。専門機関で詳しい検査が必要です。
痛みを放置したらどうなるの?
一時的な顎や筋肉の痛みなら、筋肉をリラックスさせれば自然に治る場合がほとんどです。ただ顎を動かすと音がする顎関節雑音の場合は、軟骨が炎症によりくっついたままになり、軟骨に穴が開き、口が開かなくなることがあります。
手術が必要な場合は?
次のような方は手術が必要です。
- 顎関節内部の軟骨の異常
- 顎の骨の変形が大きい
- 生活指導、理学療法、薬物療法やマウスピースの治療を行っても痛みが改善せず、口が開かない
顎関節内の炎症物質を洗い流し痛みを軽減させる方法も
顎関節が炎症を起こしている場合は、関節内の膿や炎症物質を洗って流し出し、痛みを軽減する方法もあります。痛みが軽減されると、顎の運動が可能になり口が開けられるようになる場合もあります。
どれくらいの治療期間が必要?
顎関節症の重症度によって違いますが、初期治療による症状の消失と機能回復に1~3カ月かかります。それでも治らない場合は専門病院を受診してください。MRIなどによる画像診断が必要になります。
マウスピースによる治療は、3カ月つけていたらほぼ治ります。それでも治らない場合はCTやMRIで検査が必要です。
治療はどこに行けば?
まずは、かかりつけの歯科医院を受診してください。歯科以外のかかりつけ医(内科や整形外科など)で相談してもいいです。
専門的な診察・検査が必要な場合や、難治性の顎関節症の場合は、病院を紹介してもらってください。
質疑応答から
Q 顎関節症の予防法を教えてください。
A 普段から、できるだけ顎を動かしてください。顎は動かした方がいいです。軟骨のずれがそれで戻ることもあります。無理をせずに動かしてください。
プロフィール
洛和会音羽病院
口腔外科
医長
髙嶌 森彦(たかしま もりひこ)
- 専門医認定・資格など
日本口腔外科学会認定医/専門医
日本口腔科学会認定医
がん患者歯科医療連携登録歯科医
臨床研修指導医
洛和会音羽病院 ホームページ
〒607-8062
京都市山科区音羽珍事町2
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