はじめに
認知症を発症すると、治す手段がありませんが、その前の予備軍の段階では、予防できる可能性があります。本日はMCIと呼ばれる認知症予備軍についてお話しします。
認知症500万人時代
バブル経済の頃、国は増え始めた認知症の患者さんの数を200万人と推計していました。しかし、介護保険の利用者数を見ると準備していたキャパシティーではとても足りませんでした。また、2011年に調査すると介護が必要な認知症患者は305万人にのぼり、要介護認定を受けていない認知症患者は157万人にものぼりました。合わせると462万人です。当初予想していた200万人の2倍以上でした。当時は新聞が「認知症500万人時代が到来」と1面で大きく報道しました。
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MCIも400万人
その調査では、認知症と正常な方の中間に位置するMCIの方が400万人いることが分かりました。この400万人を何とかしないと大変なことになると、厚生労働省が立てた対策が、「新オレンジプラン」です。
認知症は減らすことができる
認知症を発症する一番の理由は加齢です。加齢は防ぎようがありませんが、それ以外の原因を予防しようというのが厚生労働省の計画です。この対策は日本より欧米の方が早く取り組んでおり、英国では、血圧・糖尿病の管理や運動などで危険因子を管理することにより、認知症の患者数が減少するという論文が発表されました。
認知症の3分の2はアルツハイマー型
認知症を原因で分類すると、アルツハイマー型が66.2%と最も多く、次いで脳梗塞などに伴って起きる血管性が19.6%、レビー小体型が6.2%を占めています。
アルツハイマー型認知症とは、ドイツ人のアルツハイマー医師が見つけた、脳が萎縮して記憶障害を起こす病気です。
MCIの状態で治療しましょう
認知症にならないためには、どういう対策をとればいいのでしょうか。
認知症の予備軍であるMCIの状態で早期に受診し、認知症へ進行するのを予防しましょう。これが厚生労働省が打ち出している「新オレンジプラン」です。
MCIとは何?
MCIとは「軽度認知障害」の英語の略で、正常と認知症の中間の「認知症予備軍」です。
MCIでは同年代の人と比較し記憶障害があるものの、判断力など他の機能は保たれています。そのため、日常生活はほぼ自立しており、「歳のせいだろう」と見過ごされがちです。
MCIで診断するメリットは
MCIの段階で対策をとることで、認知症への移行をある程度予防できます。
世界各国で調査した結果、年間約10%の人がMCIから認知症に移行していますが、10~44%の方は正常に回復していました。約半分は5年経っても認知症になっていないということです。
しかしながら現状では、初めて病院を受診される大半の方は進行した認知症の状態です。今後は、ぜひMCIの段階で気付き、受診していただきたいですね。
意欲低下が目立つ血管性認知症
アルツハイマー型と違い、血管性認知症は脳の動脈硬化などに伴うものです。
高血圧、タバコや糖尿病、高コレステロール血症、高尿酸血症などが危険因子です。特に日本人の場合はかつては塩分摂取が多かったこともあり、アルツハイマー型より多く見られていました。血管性の初期症状では意欲の低下や段取りの悪さが目立つようになることが特徴です。脳の前頭葉の血流が悪くなり、やる気がなくなるためです。記憶障害が目立たないため、注意が必要です。
MCIの原因は?
MCIの原因は以下の4つをはじめとしたさまざまなものがあります。
- アルツハイマー型、レビー小体型などの脳変性疾患
- 脳血管性
- 廃用症候群
- 甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症など
特に注意してほしいのは廃用症候群です。
廃用症候群にならないためには
例えば足を骨折した際、骨がくっつくまで動かず、リハビリをしないと、数カ月で寝たきりになります。また、寒いからといって自宅に閉じこもり、会話もしない生活を送っていても、体力や筋力が弱り、精神的活動も低下します。こういう状態を「廃用」と呼び、放置しておくと認知症になります。
MCIと診断されたら
日本や米国の診療ガイドラインで唯一、推奨されているのが「規則的な運動」です。
有酸素運動が最も効果的で、目安は「週2回、30分以上、6カ月以上の継続」です。
「コグニサイズ」をやってみましょう
国立長寿センターがMCIを研究し開発した「コグニサイズ」という体操があります。
「コグニサイズ」は「コグニション」(認知)と「エクササイズ」を組み合わせた運動で、「論理的記憶」の改善や脳の海馬の萎縮の進行を抑制する効果があります。
洛和会音羽病院では毎週水曜日に専門の運動指導士による「脳トレ教室」(コグニサイズ教室)を行っています。
この会場でも映像を見ながら一緒に体験してみましょう。
MCIに効く薬は
抗認知症薬には予防効果はなく、エストロゲン療法、銀杏葉エキス、ビタミンEにも確認されていません。
アルツハイマーについても根本的な治療薬はありません。アルツハイマーはアミロイドβという神経細胞のごみがたまる病気なのですが、かなりたまってしまうと除去できなくなります。
MCIや初期のアルツハイマー型認知症の段階では、アミロイドβを取り除く薬が開発されつつあり、当院でも新薬の治験を行っています。
脳神経内科ではこんな検査をします
皆さんが病院の脳神経内科に来られると、MCIに限らず脳の疾患全般を調べます。
具体的には次の検査をします。
血液、尿検査
→動脈硬化の危険因子や認知症の危険因子(甲状腺ホルモン、ビタミンB群など)を調べます。
頭部MRI検査
→「隠れ脳梗塞」や「隠れ脳出血」を調べます。
頭部MRI検査
→脳梗塞の原因である脳の血管の狭窄や、クモ膜下出血を招く脳動脈瘤の有無を調べます。
神経心理検査
→記憶力や見当識、計算能力などを専門の臨床心理士が調べます。
老化の影響もありますから年齢相応かどうかなどを調べます。
脳血流SPECT検査も
神経心理検査や頭部MRI検査で異常を認めれば、脳血流SPECT検査を行います。この検査をすると、脳の血流の低下が分かるほか、前頭葉の血流を見ることで、脳血管性認知症なのか、アルツハイマー型認知症なのかなどの識別ができます。
まとめ MCIの進行を予防しましょう
MCIは決してまれな状態ではありません。地域在住の65歳以上の方のMCIの有病率は13%です。
MCIと言われると、「認知症でないから病気ではない。だから病院にかかる必要はない」とついつい考えがちですが、それは大きな誤解です。
MCIの段階で発見し進行予防に取り組むこと、認知症に進行していないか定期的に検査を受けることが極めて大切です。
おかしいな、自分が最近変だなと思ったら、脳神経内科を受診してください。
病院では、血管性認知症についても調べてください。MCIの原因となる甲状腺機能の低下やビタミン欠乏も一度、チェックしましょう。
質疑応答から
Q どの程度の状態からMCIなのでしょうか?
A 年齢別に記憶力は異なります。それを詳しく調べないと、どの程度ということができません。
Q 最近、物の名前が思いだせないのですが。
A 物の名前が思い出せないのと、記憶障害は別の場合があります。MCIが疑われるのは、最近あったことが思い出せないなどの場合です。
Q MCIの進行を薬で遅らせることができるのですか?
A そのための新薬の開発が世界中で行われています。当院では新薬の治験を行っておりますので、ご来院の上相談してください。
プロフィール
洛和会音羽病院 脳神経内科
部長
和田 裕子(わだ ゆうこ)
- 専門領域
脳神経内科全般、神経症候学、脳卒中、認知症 - 専門医認定・資格など
日本内科学会総合内科専門医/指導医
日本神経学会専門医/指導医
日本認知症学会専門医/指導医
日本脳卒中学会認定専門医
日本内科学会近畿支部評議員
医学博士
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