8月22日は、洛和会ヘルスケアシステムの70周年記念講演として、イトウ診療所(京都市右京区)の伊藤照明院長が「在宅医療について~家でできること、できないこと~」と題して講演。続いて洛和会丸太町病院 救急・総合診療科 医員の長野広之が講演した後、同科の部長 上田剛士が加わり、伊藤院長、長野医師の3人でディスカッションを行いました。
講演「在宅医療について~家でできること、できないこと~」
講師:イトウ診療所・伊藤照明院長
はじめに
在宅医療には病院との連携が欠かせません。例えば、くも膜下出血で手術をした患者さんのケースでは、洛和会丸太町病院で胃ろう手術を受け退院された後に、在宅で食べ物の嚥下改善のリハビリなどに取り組んでいたのですが、肺炎を起こした際は洛和会丸太町病院に入院しました。また、ご家族の負担軽減のために洛和会丸太町病院の地域包括ケア病床のレスパイト入院の利用も勧めています。こういう実際に診療に当たった患者さんの事例も踏まえて、在宅医療の現状や病院の診療との関わりについてお話しします。
「病院から在宅へ」
戦後間もない頃までは、ほとんどの方が自宅で亡くなられていましたが、その後病院で亡くなる方が増え、逆に自宅で亡くなる方が減り、現在は自宅で亡くなる方は12%程度になっています。
高齢化が進み「団塊の世代」が75歳以上になる2025年には、75歳以上の後期高齢者が大きく増える一方で、社会保障を担う働く世代がさらに減ります。社会の医療・介護をどう維持するかを考え、国は地域包括ケアシステムを導入し、医療の場を「病院から在宅へ」という方針を打ち出しています。病院での入院日数を減らし、在宅医療へと移る流れが出ています。一般病床の平均入院日数が減る一方、訪問診療の件数が増えています。病院の病床数も減っています。
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在宅医療とは
在宅医療では、医療機関への通院が困難な患者さんに対し、医師・看護師・歯科医師・薬剤師などが自宅や施設など「生活の場」を訪れて診察や治療・健康管理を行います。
在宅医療が適応される患者さんは次のような方です。
- 足腰が不自由になり通院が困難
- 心臓や呼吸器の病気で動くと息切れがして通院が困難
- 認知症により手厚いケアや医療が必要
- がんによる痛みや体力低下により通院が困難
そういう方を、図のように訪問診療や訪問看護、訪問入浴、通所リハビリ、通所介護、訪問栄養など、多様な専門職種が支援していく仕組みになっています。
在宅医療で重要なこと
在宅医療では、いかに患者さんの生活を維持するかが重要です。
次のことが大切です。
- 安全に移動すること
- 食べること(食事の工夫、胃ろうの管理など)
- 尿と便を出すこと(薬の調整、浣腸処置、尿道カテーテルなど)
- 寝ること
- 清潔が保たれること(安全に入浴できる、おむつの介助など)
- 楽しみがあること(社会とのつながり、家族との会話など)
医療だけでできることは限られています。他職種の専門職との連携が重要です。
訪問診療と往診の違い
訪問診療は、診療計画に基づき、定期的に患者さんのご自宅を訪問して診察します。一方、往診は、発熱や疼痛時など体調不良時の患者さんからの求めに応じて訪問し、診察します。普段は外来患者さんの時もあります
訪問診療でできないことは、
- 画像検査(レントゲン、胃カメラ、CTなど)
- 高度もしくは専門的な医療処置
です。精密な検査や複雑な治療は在宅には不向きです。
訪問診療でできることは多い
訪問診療でできることはたくさんあります。以下のようなことができます。
- 身体診察(血圧測定、酸素濃度など)
- 処方箋発行
- 血液・尿・便の検査
- 点滴注射
- 傷や床ずれの処置
- 留置カテーテルの管理(膀胱、経鼻胃管、胃ろうなど)
- 疼痛管理(内服、座薬、貼り薬、持続注射)
- 在宅酸素療法
- 各種書類の作成
- ポケットエコーによる検査
イトウ診療所では、ポケットエコーの検査を積極的に行っています。小型化された携帯タイプで、超音波検査ができます。
あなたはどこで最期を迎えたいですか
今、在宅で終末期を迎える方が増えています。ご家族の介護負担が大きいかもしれませんが、次のようなメリットがあります。
- 住み慣れた場所で、自由に自分らしい生活ができる
- 大事な家族や友人、ペットとともに過ごせる
- 治療法や療養の仕方を自分で選択できる
- 通院や付き添いで家族が疲れない
- 一方、病院で終末期を迎えると、次のような利点や問題があります。
- 病態が急変してもすぐ対応してくれるので安心
- 病院の診療計画があり、生活の自由度が下がる
- 毎日見舞いに行くなど、家族の介護負担は必ずしも減らない
歌舞伎役者の市川海老蔵さんは、妻の小林麻央さんを自宅で看取った経験を「家族の中で、家族とともに一緒にいられた時間というのは、本当にかけがえのない時間を過ごせたと思います」と振り返っています。
本人は「住み慣れた家にいたい」という気持ちと「家族に迷惑を掛けたくない」という気持ちの間を、家族も「本人の希望をかなえたい」という気持ちと「この医療・ケアでいいのか」という思いの間を揺れ動きます。
正解はありません。皆さんそれぞれが納得できる選択をするしかありません。
呼吸が止まったときに救急車を呼ぶと
住み慣れた場所で静かに最期を迎えたいと思っていたのに、いざ呼吸が止まったとき、あわてて救急車を呼ぶ人は少なくありません。でも救急車を呼ぶことは「命を助けてほしい」とお願いすることです。その結果、本人が望まない医療処置が行われたりして病院で最期を迎える可能性が高くなります。
そうならないために、普段からご本人とご家族で「最期をどう過ごしたいか」話し合い、地域のかかりつけ医や訪問看護師とつながりを持っておきましょう。呼吸が止まったときも、ご家族がその時間をメモし、かかりつけ医か訪問看護師に電話で伝えましょう。
まとめ
在宅医療は医師だけでは成り立ちません。多くの専門職が連携して生活を支えています。
また、在宅医療をする上で、病院との連携は欠かせません。「ときどき病院・ほぼ在宅」を目指しましょう。
人生の最期の療養場所、医療の受け方を含めて、家族で話し合いをしてください。
講演「急性期病院が目指す在宅診療との連携とは」
講師:洛和会丸太町病院 救急・総合診療科 医員 長野広之
はじめに
私は洛和会丸太町病院の救急・総合診療科で診療に当たっています。総合診療とは「疾患の専門家ではなく、あなたの専門医」です。
- 患者さんの訴え、問題を全て診る
- 患者さんを多角的に診る
- 家族、生活背景まで診る
- 地域全体を診る
一診療科です。
当科の入院患者さんの疾患を見ると、誤嚥性肺炎、急性腎盂腎炎、細菌性肺炎など多岐にわたります。そういう多様な患者さんを救急外来、一般外来、入院診療、グループホーム訪問診療という形で多角的に診ています。
患者さんを多角的に診る
高齢者が増え、病院も地域包括ケアを意識した対応をとるようにしています。図のように医療機関や介護施設が連携をとっています。国も地域包括ケアシステムを進めており、30分圏内で医療・介護のあらゆるサービスが受けられるようにしています。ケアが病院だけでなく、いろんな場所で受けられるようになり、それぞれに移行していくようになっています。
私たち病院が患者さんを受け入れるとき、一番知りたいのは、普段の患者さんの状態です。
- 食事(どんなものを食べているのか、介助は)
- 移動(手すりやつえ、車椅子の使用、介助は)
- 家族構成、自宅の環境
- 薬の内容、管理
というような点です。
どういう状態でかかりつけ医の診療を受けておられたのか、そしてどういう最期を望んでおられるのかを知る必要があります。病院ではそれを基に医師や看護師、リハビリ担当、薬剤師など関連の専門職で病棟カンファレンスを行います。かかりつけ医との連携は病院の医療や患者さんのために極めて重要です。
厚生労働省HP(地域包括ケアシステム)より
入院することの弊害も
病院に入院することはもちろん治療のためですが、常にベッドの上で動けなくなり、食事の自由やプライバシーが奪われるなど、実はデメリットも大きいのです。
入院することにより、患者さんの30%にADL(日常生活動作)低下、19.5%にせん妄、34.6%に抑うつ状態、3.3%に転倒、5.2%に床ずれが起きています。
私たちが重要視していることは、疾患を治すことに加え、患者さんに普段の生活に戻ってもらうことです。退院可能な患者さんは、在宅に移っていただくことになります。国の政策で入院期間が短くなっています。洛和会丸太町病院では、退院したら患者さんがどういう生活になるのかを調べる退院前カンファレンスが行われており、退院後の自宅訪問も行っています。
まとめ
洛和会丸太町病院の救急・総合診療科は「あなたの専門医」です。病院の中だけで診療が終結するのではなく、地域で患者さんを支えていくには、地域の医師らとの連携が欠かせません。当病院ではそうした連携を大切にしながら、多職種の専門職が関わって患者さんを支えています。
ディスカッション「入院診療と在宅診療」
洛和会丸太町病院 救急・総合診療科 部長 上田剛士(以下 上田部長):
病院の入院診療と在宅診療それぞれのメリット、デメリットを考えて連携していかなければならないと思います。まず、病院診療の利点を聞かせてください。
洛和会丸太町病院 救急・総合診療科 医員 長野広之(以下 長野医員):
病院は医師を中心に医療職の目が多いことが利点ですね。検査も集中して行えます。入院中には、いくつもの検査が素早くできます。
上田部長:
では、在宅の利点は?
イトウ診療所 伊藤照明 院長(以下 伊藤院長):
何よりも患者さんにとって自由なことだと思います。住み慣れたご自宅ですから、自由が利きます。個人個人の家の音があります。それを聞きながら暮らせるのも安心感があると思います。
上田部長:
最近は在宅医療のレベルが上がっています。伊藤先生のお話のように、痛みを抑えるモルヒネも使えるし、エコーを使った診断もできるようになっています。では、逆に病院、在宅の苦手なことを挙げていただけますか。
長野医員:
病院では皆さんを普段と全く違った環境に縛り付けます。リハビリも病院の規則に縛られていますから。
上田部長:
病院は治療の場ですから、患者さんの自由が利かないというデメリットがありますね。では、在宅の苦手なことは?
伊藤院長:
医者がすぐに行けないことですね。私も午前中は診療中で、患者さんの家には行けません。行く場合もそれなりに時間が掛かります。
上田部長:
双方のメリット、デメリットを考えると、「時々病院、ほぼ在宅」がいいですね。在宅に戻られた方がいいと思ったときは、どうされるんですか?
長野医員:
病棟カンファレンスを行い、退院されるときに地域のかかりつけ医に診療情報提供書を送ったりしています。
上田部長:
在宅医療を受けるには、どこに相談したらいいのでしょうか?
伊藤院長:
かかりつけ医がおられる方が多いと思います。在宅医療をされているか、診察してもらっている医師に尋ねてください。かかりつけ医がおられないときは、各地域にある地域包括支援センターで相談してください。
プロフィール
イトウ診療所
院長
伊藤 照明(いとう てるあき)
- 略歴
1996年 金沢大学医学部 卒業
京都大学医学部附属病院、NTT西日本大阪病院勤務を経て、2003年よりイトウ診療所 副院長
2018年7月 イトウ診療所 院長 - 専門医認定・資格など
認知症サポート医
一般社団法人右京医師会 在宅・地域医療担当理事
洛和会丸太町病院
救急・総合診療科 部長
上田 剛士(うえだ たけし)
- 専門領域
内科全般、救急医学、集中治療、リウマチ・膠原(こうげん)病学 - 専門医認定・資格など
日本内科学会認定内科医/指導医
総合内科専門医
プライマリ・ケア認定医/指導医
日本救急医学会救急科専門医
日本救急医学会認定コースディレクター
JMECCインストラクター
臨床研修指導医
日本リウマチ財団登録医
広島大学 総合内科・総合診療科 客員准教授
臨床研修プログラム責任者養成講習会修了
救急・総合診療科 医員
長野 広之(ながの ひろゆき)
- 専門領域
総合内科、膠原病、感染症 - 専門医認定・資格など
日本内科学会認定内科医
総合内科専門医
洛和会丸太町病院 ホームページ
〒604-8401
京都市中京区七本松通丸太町上ル
TEL:075(801)0351(代)