- 開催日:2018年5月17日
- 講師:洛和会音羽リハビリテーション病院 在宅医療支援センター センター長 医師 谷口 洋貴(たにぐち ひろたか)
はじめに
在宅介護をされる方は、患者さんが急に意識をなくす、あるいは腹痛や下痢を訴えるなど容体の変化に気付かれることがあると思います。すぐに救急車を呼ぶのか、在宅主治医に連絡した方がいいのか、迷うケースが多いはずです。今日は、在宅介護中の患者さんの「訴え」にどう対応すればいいのかを考えてみたいと思います。急ぐ?急がない?の判断の参考にしてください。
意識がないとき
最も大切なことは、意識があるのか、ないのかを確かめることです。容体の急変に気付いた際は「大丈夫?」「どうしたの?」と声を掛け、肩をたたきましょう。慌てずに、一息ついてから意識の有無を確認しましょう。意識がないときは「赤信号」です。まず119番通報し、呼吸や体の動きがないときは心肺蘇生を始めなければなりません。意識はあるが、容体が普通でないときは「黄信号」です。いつも通りに会話が成立し、いつも通りに意識がある場合は「青信号」です。
脳卒中も考えられます。糖尿病患者さまの場合は、低血糖の疑いがあります。血糖測定器をお持ちの場合は、血糖値の測定が必要です。インスリン注射を忘れたケースがあるほか、インスリン注射を2度打ってしまうこともあります。低血糖の疑いのある際は、ブドウ糖などを飲ませる必要があります。
死戦期呼吸
心停止直後に見られる、異常な呼吸である「死戦期呼吸」には注意が必要です。この状態では確かに息をしているような音が聞こえます。実際は心停止しているのに、呼吸していると勘違いしてしまい、心肺蘇生やAED使用の遅れにつながります。現実に起こっていることですので、特に注意してほしいと思います。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
「看取り」段階の119番通報
ただ、患者さまが「看取り」段階の場合は、対応は別です。死期が近づき、訪問主治医との間で、前もって反応がなくなっても、心肺蘇生をしないことを決めているなら、119番で救急隊員を呼んではいけません。この場合は、在宅主治医や訪問看護師に速やかに連絡してください。救急隊員は、必ず患者さんを蘇生しなければならないため心肺蘇生しながら、病院に搬送されてしまいます。
腹痛を訴えたら
我慢できる程度の腹痛なら「青信号」です。往診や受診も可能でしょう。少量の下痢なら「青信号」ですが、何度も下痢を繰り返すなら「黄信号」です。脱水の危険性に気を付けましょう。血便が出た場合は要注意です。重症な腸炎や虚血性腸炎を警戒してください。痛みについては、個人差が大きいことは忘れてはなりません。
下痢のときは
在宅で療養している人に多いのは経腸栄養剤を使っているときや胃ろうによる下痢です。下剤使用時の下痢とともに「黄信号」か「青信号」でしょう。抗生剤使用後の下痢は「黄信号」です。ノロウイルスは、基本的には「青信号」です。ただ、排便の量が多く、脱水状態を起こしたら「赤信号」です。
「冷や汗」には要注意
脇の下などに大量の冷や汗が確認できるときは注意が必要です。腹膜炎(腸管穿孔)や大動脈瘤破裂が疑われます。大量の「冷や汗」は「赤信号」です。
胸痛を訴えたら
一番多いのは、緊急度の高くないものです。「肋間神経痛」や「肋骨骨折」です。怖いのは心筋梗塞と狭心症です。「冷や汗」を出しているときは、要注意です。痛い部分を指で示せる場合は、肋間神経痛など対応を急がないものです。もちろん、完全に判定がつかないものもあり、心配ならば救急車の要請をしてもいいでしょう。
嘔吐(おうと)したら
基本的には「黄信号」です。吐いたもので窒息することがあり、嘔吐を何度も繰り返すほか、量が多いときは「赤信号」です。嘔吐という結果だけではなく、原因を突き止めることが大切です。頭痛や胸痛、腹痛、発熱など嘔吐に伴う随伴症状がないかも調べましょう。何度も嘔吐を繰り返すようなら、誤嚥(ごえん)や窒息、脱水にも注意してください。
いびきと失神
いびきをかくだけでは、基本的に緊急度は高くないでしょう。意識がないと思われるなら、救急車を要請してもいいでしょう。意識がないようでしたら、脳卒中が疑われます。「死戦期呼吸」も考えられます。とりあえず、意識の確認が大切です。
気を失う失神も、ご心配でしょう。一番多いのが、立ち上がった直後と排尿、排便後です。自律神経機能が低下することが原因として考えられ、そう怖くはありません。怖いのは不整脈や心疾患、心停止ですぐに覚醒しないようなら、救急車を要請するのが無難でしょう。
目が赤い
基本的には、目が赤くなったからといって、慌てる必要はありません。まず、結膜炎を疑いましょう。在宅療養している方で、一番多いのは乾燥性結膜炎(就寝中うす目を開けていることによる。)です。ほかに、結膜炎にはアレルギー性、ウイルス性、細菌性がありますが、結果としては急ぐ必要はありません。経過観察で改善することが多いです。高齢者だけでなく、どの年齢層でも起こります。
顔が黄色くなったら
顔や手、足などが黄色くなったら、黄疸(おうだん)ではと驚かれるでしょう。黄疸が出たかどうかは、目(結膜や白目)を見て判断します。目が黄色い場合は黄疸の可能性があります。目が黄色くない場合は、カロチン血症が疑われます。カロチン血症は、ミカンを食べすぎた子どもの例が典型で、βカロチンの過剰摂取が原因です。甲状腺機能低下症でも起こりうります。
認知症と物忘れ
認知症を発症することは、在宅療養している方にとって深刻です。年齢を重ねると、物忘れ(健忘)は多くの人に見られます。「昨夜の夕食の内容を思い出せないのが物忘れ」「昨夜の夕食を食べたかどうかを思い出せないのが認知症」だと言われます。脳の生理的な老化が物忘れの原因なのに対し、脳の神経細胞の変性や脱落を原因とするのが認知症です。
認知症には「中核症状」と「周辺症状」があります。「中核症状」とは、認知症の重症度を示す中心症状をさし、「周辺症状」とは重症度よりも環境その他の因子で出現し、悪化する症状をいいます。
「介護うつ」にならないために
在宅療養で直面することは、いつ終わるのかが分からない介護です。まず、孤立無援で行うことが多く、誰にも認められないことが多いと思います。娘さんや奥さんが介護でずっと家にいても、たまにやって来る親類がとやかく言う、自分のことが何もできないことから、いつしかネガティブな思考に陥りがちです。
精神的に追い込まれないように、日頃の悩みを周囲の人と共有することが大切です。同じ悩みや経験を持つ仲間とおしゃべりをして、相談することはいいことです。できるだけケアマネジャーや訪問ヘルパーと気軽に話せる間柄となることも重要です。デイやショートステイを利用し、自分自身をリラックスさせる工夫もしてください。
まとめ
全ての症状を理解して正しく対応するのは無理です。対応を急ぐ症状を抑えることが先決です。まずは意識の有無をチェックし、意識がないなら救急車を呼びましょう。自分1人で迷うときは、在宅主治医や訪問看護師、かかりつけ医師に連絡すればいいのです。認知症は、慌ててはいけません。目を背けてもいけません。症状を受け入れ、治療をしていきましょう。在宅介護は1人で抱えてはいけません。ケアマネジャーや訪問看護師、保健所などに助けを求めましょう。必ず楽になる方策や光がありますから。
プロフィール
洛和会音羽リハビリテーション病院
在宅医療支援センター センター長
谷口 洋貴(たにぐち ひろたか)
- 専門医認定・資格など
日本内科学会認定専門医/指定医/認定医
日本救急医学会救急専門医
日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医
日本医師会認定産業医
臨床研修指導医
臨床研修プログラム責任者
洛和会音羽リハビリテーション病院
ホームページ
〒607-8113
京都市山科区小山北溝町32-1
TEL:075(581)6221(代)