- 開催日:2018年12月12日
- 講師:洛和会音羽病院 歯科麻酔科 医長
医師 吉田 好紀(よしだ みき)
講演 ~動画版~
講演 ~テキスト版~
皆さんは口腔ケアと聞くと何を連想しますか?まずは歯磨きでしょうか。
もちろん歯磨きは大切ですが、口の中には歯以外にもいろいろなものが存在します。若くて健康な間は多少口の中が汚れていても大きく健康を損ねることは少ないかもしれません。日本人の死因別の順位の1位は悪性新生物、がんです。2位は心疾患。以前は3位が脳血管疾患でしたが、2011年に順位が入れ替わり、肺炎・気管支炎になりました。
肺炎で亡くなる方の約95%が65歳以上の方で、肺炎は高齢者にとって死の病といえます。そのうち何%が誤嚥(ごえん)性肺炎が原因だと思われますか。それは約70%だと言われています。その予防として、口腔ケアが重要なのです。本日は、口腔ケアや誤嚥性肺炎の予防についてお話ししたいと思います。
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口腔ケアの目的は?
口腔ケアとは、正常な機能を発揮するために口腔内の環境を整えることです。つまり、食べたり、話したり、笑ったり、口がもつあらゆる機能を維持するために必要なケアのことを言います。
口腔ケアの目的として、一つ目は皆さんご存じのう蝕(虫歯)・歯周病などの予防です。そしては誤嚥性肺炎、感染性心内膜炎、手術部位への感染など、全身への感染を予防することです。このほか、食べたり飲んだり話したりといった口の機能の維持と回復、唾液分泌の促進などがあります。口腔ケアはただ口腔疾患を予防するだけでなく、全身に影響を及ぼすとても重要なことなのです。
唾液の作用は
顔の周りには唾液腺という唾液を分泌する組織があります。通常健康な成人では、1日あたり平均1.0~1.5リットル(大きなペットボトル1本くらい)もの唾液を分泌しており、飲食により溶けかかった歯の表面を修復する再石灰化作用や粘膜保護作用、円滑作用などがあります。唾液は口腔機能を果たすために重要な役割を持っています。
しかし、血圧を下げる薬や痛み止め、精神安定剤など薬の副作用によって、唾液の分泌が減少してしまうことがあります。唾液の分泌量が減少すると、自浄作用や抗菌作用が働かなくなるため、口が不潔になりやすくなります。
口の中には400種類の細菌が…
口の中には、どれくらいの種類の細菌がいると思われますか?約400種類の細菌が口の粘膜、歯ぐき、舌、食べかす、歯石、歯垢(しこう)、唾液とさまざまな場所に存在します。歯の表面を爪やようじで引っかいてみると、引っかいた先に乳白色の歯垢がついてきます。歯垢1グラムの中に1千億もの細菌が存在すると言われており、これは直腸内と同じ程度だそうです。
このような口の細菌が唾液に混じって気管内へ侵入することが、誤嚥性肺炎の原因となります。歯垢は細菌の塊です。この塊は「バイオフィルム」と呼ばれており、歯の表面に非常に強い力で付着しています。バイオフィルムは、細菌が集団を形成して膜に守られているため、抗菌剤や消毒薬は十分に浸透できません。
そのため、うがいだけでの除去は難しく、ブラシなどで物理的に破壊する必要があります。歯垢が石炭化して硬くなると、歯石という物質になり、表面がザラザラしているために、さらに歯垢が付着して、口の中の衛生状態が悪化しやすくなります。歯石は歯ブラシでは除去できないため、歯科の専門器具で取り除くしかありません。
虫歯から歯周病へ
う蝕は、通常は「虫歯」と言われています。このほか、一般的に歯周病・歯槽膿漏(のうろう)と言われますが、歯肉炎と歯周炎の総称が歯周病です。歯周病は歯の周りの組織に起こる疾患で、虫歯と並んで歯を失う大きな原因になります。
図の左端は健康な歯肉の状態です。健康な場合、歯肉はピンク色で引き締まっていますが、歯と歯肉の境目に歯肉溝と呼ばれる2~3ミリの溝があります。歯と歯肉の境目に歯垢が付着したままだと、歯周病細菌により歯肉に炎症が起こります。これは歯肉炎と言われる歯周病の中でも初期の状態です。さらに炎症が歯肉の内部まで広がると、歯を支えている歯槽骨が吸収され始め、歯と歯肉との間に「歯周ポケット」と呼ばれる病的な深い溝が形成されます。この歯周ポケットに歯周病細菌がすみ着き、歯周病は進行していきます。
歯周病が進行するとさらに歯槽骨が吸収され、歯を支える部分が少なくなるので、歯が動揺するようになります。歯周ポケット内から排膿することもあります。最終的には歯を支えることができなくなり、歯が脱落します。歯周病の怖いところは、初期・中期には痛みをあまり感じずに進行していくことです。痛みが出るころには重度に進行していることがあります。
歯周病のチュックポイント
では、ここで、簡単な歯周病のチェックをしてみましょう。鏡を持っておられる方はご自身の口腔内を見て、当てはまるものがあるかチェックを付けてください。
3つ当てはまった方は、油断禁物です。予防するよう努めましょう。6つ当てはまった方は、歯周病が進行している可能性があります。全て当てはまった方は、歯周病の症状がかなり進行しています。
これはあくまで簡単なチェックなので、歯周病の可能性があると思われた方は、歯科医院で検査を受けられることをお勧めします。
誤嚥性肺炎を防ぐには口腔ケアこそ
口の中の細菌が原因で、全身に引き起こされる感染症についてお話します。口腔感染症が全身へ広がる感染経路は、口腔内から気道を通り肺へ入り込むことで起こる誤嚥性肺炎と、感染性心内膜炎や人工関節感染症など口腔内の病原性細菌が血流を介して起こる血流感染があります。通常は気管内に水など異物が入ると、体の防御反応が働いて異物を外へ出そうとして咳などの反射が起きます。誤嚥は高齢者に限らず、誰にでも起こります。
では、どうして高齢者は誤嚥性肺炎を起こしやすいのでしょうか?大きな要因としては、うまく飲み込めないことで喉に飲食物が残り、誤って気管に入ってしまうほか、異物を排出しようという「咳反射」が弱くなることによって誤嚥しやすくなるためです。
また、口の中が不潔なことによって誤嚥した時に大量の細菌が肺へ入り込み、体力がないことで発熱や肺炎を起こしやすくなるのです。誤嚥=誤嚥性肺炎ではなく、これらの要素が重なることによって起こります。
高齢者の口腔内の特徴は
高齢者の多くが、歯周病に罹患しています。歯磨きが適切に行われていないと、症状が進行し、出血するほか、うみが出る、歯がむき出しになるなど、重度の状態になっています。早期に適切な治療が必要です。
虫歯も同様で、詰め物の中でむし歯が悪化した場合、詰め物が外れると、誤嚥する危険性があります。唾液の分泌量が低下し、口の中が乾燥しやすくなるほか、舌の上に白い苔のような「舌苔」が現れます。細菌や食べかすが原因で、唾液の出方が少なく、舌が動きにくくなるためです。
このほか、脳卒中でマヒが起きた場合に、食べかすが口腔内に停滞することもあります。高齢者の多くが付けている義歯でもトラブルはあります。義歯をはめたまま、掃除もせずにしておくと、義歯の裏側に歯垢や歯石がたまってしまいます。歯ぐきに潰瘍(かいよう)ができる原因になるほか、義歯と粘膜の間で培養された細菌が誤嚥性肺炎の起因菌になる可能性があります。
唾液腺マッサ-ジをしてみよう
唾液が出にくくなった高齢者は、まず唾液腺マッサージをしてみましょう。マッサージは耳下腺、顎下腺、舌下腺の3カ所を指や手のひらでもみほぐします。
このほか、口腔保湿剤というものも市販されています。主に、液状、液状スプレー、ジェル状の3つの種類があります。乾燥が比較的強い人はジェル状、軽度の人は液状か液状スプレーを使用します。食事と食事の間を目安に使いましょう。嚥下機能に問題がある場合には液状や液状スプレーは誤嚥を誘発する危険があるため、ジェル状の利用をお薦めします。
ブラッシングによる口腔ケア
歯を守るには、ブラッシングが大切です。ご自身でケアが可能な方には、普通からやや柔らかい歯ブラシがお薦めです。また、ご自身でケアが難しい方には口腔粘膜全体もマッサージができる、先が非常に柔らかい歯ブラシが良いでしょう。1本でも歯が残っている人は歯ブラシが必要です。
歯間ブラシは歯と歯の間の大きさに合わせてサイズがあります。歯磨きの際には、どこに汚れが付着しているのかを知っておいてください。歯と歯の間、歯と歯肉の境目、歯のかみ合わせの溝です。これらの部分に歯ブラシが当たるように気を付けてください。歯と歯の間に残ったものを取り除くには歯間ブラシや糸ようじと呼ばれるフロスも有効です。
ブラッシングのポイントは表の通りです。歯を磨く順番を決めて、磨き残しのないよう気を付けます。歯ブラシは力を入れずに小刻みに動かすのが良いでしょう。歯ブラシはこまめに洗い、清潔を保つことも重要です。
義歯のケアも忘れずに
義歯のお手入れも大切です。義歯のお手入れには必ずブラシを使用し、歯磨き粉は使わないでください。歯磨き粉には研磨剤が入っており、義歯に細かい傷を作り、細菌の付着を助長するためです。特に気を付けていただきたいのは、粘膜に接する内側のくぼみや金具の周辺です。
また、市販の入れ歯洗浄剤などでは、洗浄剤や消毒液だけでは義歯に付いた汚れは取れませんので、必ず歯ブラシや義歯ブラシできれいにしてください。入れ歯洗浄剤の使用は、最低限1週間に1回程度です。お口の中の健康が歯だけでなく、全身の健康や長寿に結び付いていることがお分かりいただけたでしょうか。
プロフィール
洛和会音羽病院 歯科麻酔科
医長
吉田 好紀(よしだ みき)
- 専門領域
歯科麻酔、障害者歯科、口腔顔面痛 - 専門医認定・資格など
日本歯科麻酔学会認定医/専門医
日本口腔顔面痛学会認定医/専門医
臨床研修指導医
ACLSプロバイダー
歯学博士
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