- 開催日:2016年11月25日
- 講師:洛和会音羽病院 副院長 兼 脊椎センター 所長 岩下 靖史(いわした やすし)
はじめに
本日は、高齢者がなりやすい、フレイル(虚弱)、サルコペニア(筋肉量の低下)、ロコモ(運動器障害)、骨粗しょう症について、概要や予防法、対策についてお話しします。
健康寿命と要介護
日本人の平均寿命は男性79.55歳、女性86.30歳です。(2012年統計)
一方、健康寿命(介護を受けたり寝たきりにならずに元気に過ごせる期間)は男性70.42歳、女性73.62歳です。要介護状態にならないためには、健康寿命を延ばし、男性で9.13年、女性で12.68年ある平均寿命との差を縮めることが重要です。
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フレイル
虚弱、老衰、脆弱を意味する「Frailty」に対する日本語訳として、日本老年医学会が定めました。
- 体重減少(意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少)
- 主観的疲労感(何をするのも面倒だと週に3~4日以上感じる)
- 日常生活活動量の減少
- 身体機能の減弱(歩行速度の低下)
- 筋力の低下(握力の低下)
のうち3項目以上が該当するとフレイルと判断、1~2項目は前段階であるプレフレイルと判断されます。加齢に伴う活動量低下や、慢性的な栄養不足、疾患など、社会的、身体的、精神的要素が関係していますが、適切な介入支援により、生活機能の維持向上が可能です。
フレイルの予防には、持病のコントロールや、運動療法、栄養療法、感染症の予防が大切です。
サルコペニア
筋肉(ギリシャ語でsarx)と、減少症(penia)を合わせた言葉で、1989年に提唱されました。全身の筋肉量や筋力が減ることにより、障害や生活の質の低下、死亡などのリスクを伴う症候群です。診断基準は、
- 筋肉量の低下
に加え、 - 筋力の低下
または - 身体能力の低下
のいずれかが認められるとサルコペニアと診断されます。
筋肉は常に合成と分解を繰り返しています。成長期は合成と分解のバランスがプラスとなり筋肉量は増加しますが、高齢期になると食事量や運動量の減少などにより合成量が低下し、筋肉が減少します。下肢筋力でみると、20歳代以降、女性は徐々に減少していきますが、男性は60歳以降、減少のスピードが激しくなります。運動や栄養摂取により、減少カーブを抑えることが可能です。
ロコモ
ロコモティブシンドローム(運動器症候群)の略称です。運動器の障害のため移動機能が低下し、要介護になる可能性が高い状態をいいます。運動器とは、体を動かすのに必要な、骨や、関節、軟骨、椎間板、筋肉、神経を指します。これらのいずれか、あるいは複数に障害が起こり、「立つ」「歩く」といった機能が低下している状態が、ロコモです。ロコモになる要因として、運動習慣のない生活や、活動量の低下、スポーツのやり過ぎや事故によるケガ、やせ過ぎと肥満、が指摘されています。
チェックするには、
- 片脚立ちで靴下がはけない
- 家の中でつまずいたりすべったりする
- 階段を上がるのに手すりが必要
- 家の中のやや重い仕事が困難
- 2kg程度の買い物を持ち帰るのが困難
- 15分ぐらい続けて歩くことができない
- 横断歩道を青信号で渡り切れない
のうち、一つでも該当すれば、ロコモの可能性があります。
ロコモを防ぐ運動(ロコトレ)には、片足立ちやスクワットなどがあります。食生活によるロコモ対策は以下の通りです。
骨粗しょう症
骨粗しょう症は、骨が弱くなり骨折しやすくなる病気です。骨折は、要支援・要介護の大きな原因となります。筋肉と同様、骨も新陳代謝(骨代謝)を繰り返しており、骨吸収(古い骨が壊される)と骨形成(新しい骨が作られる)のバランスがとれているのが、健康な骨です。そのバランスが、加齢に伴って崩れることで、骨粗しょう症の可能性が高まります。女性は、閉経後の40歳代半ばから、男性は60歳ごろから骨密度の低下が始まります。骨粗しょう症は女性に多く発症し、国内には約1,300万人の骨粗しょう症患者がいると推計されますが、うち1,000万人は治療を受けていないと言われています。
症状
骨粗しょう症の主な症状は、身長が縮んだり(25歳の時の身長と比べて4cm以上低くなった人は、骨折する危険性が2倍以上高いといいう報告があります)、背中や腰が痛んだり、曲がったり、骨折するなどです。
背骨が骨折を起こしてつぶれることを圧迫骨折といい、背中や腰の痛みの原因になります。背骨の骨折が一つあると次の骨折を起こしやすくなります。
検査方法
骨密度の検査には、エックス線や血液・尿検査、超音波など、さまざまな方法があります。
予防のために
骨粗しょう症や骨折予防のために大切なのは、運動と、食生活、生活環境の適切なバランスです。運動は個人差がありますが、誰にでも効果があるのは有酸素運動です。少し早めのウォーキングをお勧めします。筋力トレーニングには、腹筋体操や背筋体操、片脚立ち、スクワット、かかと上げなどがあります。
脊椎圧迫骨折の治療
脊椎圧迫骨折を起こすと、多くの場合、強い痛みを伴い、次の圧迫骨折もおこしやすくなります。しかし中には痛みのない人もいます。骨粗しょう症による軽度の圧迫骨折の場合は、簡易コルセットなどの外固定をし、前屈を禁じ比較的安静にします。3~4週間ほどでほとんどが治りますが、中には骨がくっつかない偽関節や、背骨が曲がってしまう後弯変形になる人もいます。
手術による治療は、椎体形成術(バルーンで骨折部を広げたあとに骨セメントを充填して固定する方法や、つぶれた骨の中に人工骨を注入して補強する)があります。
薬による治療法もあります。注射や経口剤、点滴があります。骨形成を促したり、骨吸収を抑えたり、痛みをやわらげたりする薬があります。続けることが大切です。
頸椎椎間板ヘルニア
頸椎は、背骨(脊椎)の最上部にある7個の骨で、それぞれの骨(椎骨)の間に椎間板とよばれるクッションのような軟骨があります。この椎間板が変性して脊髄や神経根を圧迫するのが椎間板ヘルニアです。上肢への放散痛や手指のしびれ、歩行障害、膀胱症状(頻尿など)といった、さまざまな障害を引き起こします。
治療は、保存的治療と手術があります。
保存的治療には、
- 安静臥床(あんせいがしょう)
- 薬物治療(非ステロイド消炎鎮痛剤や筋弛緩剤)
- トリガーポイント注射
- 硬膜外ブロック注射、神経根ブロック
- 頸椎牽引療法
- 温熱療法
- 体操療法
があります。十分な保存的治療を施しても症状が改善しない場合は、手術適応となります。
頸椎疾患の手術
頸椎椎間板ヘルニアの手術は、首の前側から手術用顕微鏡を用いて椎間板を切除し、ドリルで頸椎椎体の一部を削って脊髄と神経根の圧迫を取り除き、人工骨などを移植してチタン合金製のプレートで固定する「頸椎前方除圧固定術」を行います。また、頸椎が加齢のため変性して脊髄を圧迫している頸椎症性脊髄症では、椎弓の一部を切って開き、間に人工骨を入れ、脊髄の通る部分を広げる脊柱管拡大術(椎弓形成術)が行われます。
腰痛
日本人の8割以上の成人に腰痛の経験があり、非常に発症頻度が高い疾患です。主な原因には、背骨が原因の痛み(椎間板ヘルニアなど)や、神経が原因の痛み(脊髄腫瘍など)、内臓の病気(胃腸疾患など)、血管の病気(大動脈瘤など)、心因性の痛み(うつ病など)があります。
治療には、保存的治療と手術療法があります。
腰痛が慢性期になると、保存的治療には、コルセットや牽引療法、温熱療法、体操療法などがあります。体操療法は、腹筋と背筋の強化が目的です。痛みが出ない程度に加減しながら行います。
手術療法は、痛みが激しく、日常生活に支障をきたす患者さまに検討します。足がまひしたり、膀胱直腸障害のある時は、なるべく早く手術をします。
腰椎椎間板ヘルニア
腰椎の間でクッションの役割を果たす椎間板が後方に飛び出して神経を圧迫することにより、腰痛、坐骨神経痛が生じる病気です。保存的療法を施しても改善が見られない場合は、手術用顕微鏡を用いて椎間板ヘルニアを取り除く手術を行います。
腰部脊柱管狭窄症
脊柱管が狭くなったため、神経が圧迫される病気です。手術は、手術用顕微鏡を使用して脊柱管を拡大することで、神経の圧迫を取り除きます。腰の痛みに関わる疾患はこのほかにも、腰椎すべり症や変形性脊椎症、腰椎変性側弯症などがあります。
まとめ
フレイル、サルコペニア、ロコモ、骨粗しょう症を予防しましょう。
適切な運動と栄養摂取が重要です。
脊椎疾患は、ロコモの原因となりますので、異常を感じたら早めの受診をお勧めします。
健康寿命を延ばして、要介護状態とならないようにしましょう。
プロフィール
洛和会音羽病院
副院長 兼
脊椎センター 所長
岩下 靖史(いわした やすし)
- 専門領域
脊椎・脊髄外科 - 専門医認定・資格など
日本整形外科学会整形外科専門医
日本整形外科学会脊椎脊髄病医
日本脊椎脊髄病学会指定脊椎脊髄外科指導医
中部日本整形外科災害外科学会(評議員)
日本医師会認定産業医
臨床研修指導医
医学博士
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