研修指導医日記

腹部疾患四連発! ~その3~

皆さま、こんにちは・こんばんは。総合内科のTです。
腹部疾患四連発の第三弾です。飽きずにお付き合いください。

60歳代後半の男性。

右下腹部痛を主訴に当科を受診された。1週間程度前より胴部の違和感を自覚。時々ピリピリするようになった。下着を上げたり更衣で痛みが増強するようになったとのこと。思い当たる外傷など誘因はない。

[右下腹部痛]→[急性虫垂炎]は当然考えないといけないこと。しかし。病歴で「歩行の振動による同部位の疼痛の増悪なし」と、いわゆるheel drop testに相当する病歴はなく、局所性腹膜炎の可能性は低そうであった。嘔気嘔吐もなし。

身体所見。
バイタルサインに異常なし。時々痛みが起こるのか苦痛様の表情をして右下腹部を抑える。

診察上同部位含め、胸腹部に皮疹なし。右上腹部・左上下腹部など、他の腹部に自発痛なし、圧痛なし。右下腹部の自発痛の部位は指で指し示すことができる。疼痛部位は狭く、圧痛はかなり限局していた。圧痛部位は触覚が落ちているようであった。表在覚の左右差を認めた。他の腹部、背部(dermatomeでTh10-L1レベル)の知覚異常なし。Carnett兆候陽性。

さて。皮疹がないことから帯状疱疹ではなさそうであった。皮疹のない帯状疱疹(zoster sine herpete)は否定できないが、知覚異常の範囲が狭くあまり帯状でないことから可能性は低いと思われた。

「痛い部位は指で指し示すことができた」「自発痛部位は狭く、また圧痛もかなり限局した狭い範囲であった」から、虫垂炎よりは狭い範囲の圧痛となると憩室炎や腹膜垂炎が頭をよぎった。しかし「圧痛部位は触覚が落ちているようであった」とのこと。さらにCarnett兆候陽性であることから、腹壁疾患の可能性が考えられた。Carnett兆候は虫垂炎でも陽性となることがあり(以前の投稿にも書きましたが)、腹壁に接した虫垂炎の炎症の波及でも起こることが知られている。腹膜垂炎でも同様でCarnett兆候が陽性になることをこれまで経験している。しかし、圧痛部位の知覚異常があることからやはり腹壁疾患であろうと思われた。

診断:前皮神経絞扼症候群

(ACNES;anterior cutaneous nerve entrapment syndrome)

前皮神経が腹直筋・筋鞘を貫く部位で絞扼(entrap)され、その支配領域で疼痛や知覚異常を起こす疾患。誘因は外傷や急な運動といわれるが、原因不明のことも多い。
特徴は、狭い範囲の自発痛・圧痛であり、時としてなぜか反跳痛を認めることもある。Carnett兆候が特徴的である。神経の絞扼のため、異常知覚(触ると熱く感じる、痛みを感じる)を生じることもある。

あまり聞かない名前だが、意外と多いとする報告もある。

治療は、同部位へのトリガーポイント注射である。リドカイン5cc(~10cc)程度、筋膜に近い皮下組織に注入すると5~10分程度で痛みが取れる。治療的診断にも使える。(あまりお勧めの考え方ではありません)
ブロック後、3~4週間して再発するときは再度リドカインを皮下注するが、ステロイドを加える方法もある。何度も繰り返す例は手術が選択される。

この方は1度きりで来院されませんでした。1回で完治したと信じています…。