はじめに
舌下免疫療法という言葉を知っている方はいらっしゃいますか? いらっしゃいますね。聞くのが初めてという方は? 初めての方もおられますね。昔は「減感作療法」と言っていましたが、今は舌下免疫療法と言います。そろそろ花粉症への対策を始める時期ですので、今日は、この舌下免疫療法についてお話します。
アレルギー性鼻炎とは
花粉症はアレルギー性鼻炎のひとつです。花粉や、アレルギーを引き起こす物を「アレルゲン」と言います。このアレルゲンが繰り返して鼻に入ることで鼻水、くしゃみ、鼻づまり、目のかゆみといった症状が起き、自然には治ることが少ない病気です。鼻アレルギー、花粉症、鼻過敏症などさまざまな呼び方がありますが、医学的にはアレルギー性鼻炎と呼びます。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
アレルギー性鼻炎の原因と症状
原因によって「通年性」と「季節性」に分けられています。1~6月に症状が起きる「季節性」の場合、スギやヒノキによる花粉症の可能性があります。一方、「通年性」で症状が起きる場合はダニやカビ、ペットの毛などが原因の可能性があります。
アレルギー性鼻炎の患者さんは絶えまない鼻水、鼻づまり、くしゃみといった症状による集中力の低下や睡眠障害、いらいら感が学業や仕事、家事などに影響し、大きな問題になっています。
アレルギー性鼻炎の有病率と年齢の推移
アレルギー性鼻炎はいずれの年齢層でも年々増加しています。とりわけ10歳代までの増加が顕著で、若年化が進んでいます。
2008年の調査では、国民の約4割がスギ花粉症にかかっていました。その後、増加していることを考えると、今は4~5割の人が花粉症にかかっていると想定されます。非常にメジャーな病気の一つで、これほど多くの人がかかっている病気は他にありません。
アレルギー性鼻炎の診断と治療の流れ
診察では問診と抗原検査を行い、アレルギーを起こすアレルゲンを特定した後、アレルゲンの除去・回避、アレルゲン免疫療法、薬物療法という治療を行います。
次の写真を見てください。左がアレルギー性鼻炎の起きた鼻の中、右が正常な鼻の中です。鼻炎の起きた写真では鼻粘膜(下鼻甲介)が膨張し鼻腔をふさいでいます。これが鼻づまりです。正常な写真の鼻腔との違いがはっきり分かります。女性や子どもは鼻腔が狭いので、鼻づまりが起きやすいです。
アレルギー性鼻炎になると、鼻が詰まるので鼻をすすります。すると、図のように鼻と耳をつなぐ耳管がつまり、中耳に水がたまり中耳炎が起きやすくなります。子どもは耳管が水平になっているので、水がたまりやすく中耳炎になりやすいのです。
12歳のA君を例にアレルギー性鼻炎の症状と弊害を見てみましょう。
A君の見た目は次のような特徴があります。
- 常時、鼻をこすっている
- 常時、口が開いており、口呼吸
- 年齢相応の集中力がなく、受け答えができない
アレルギー性鼻炎は子どもに次のような弊害をもたらすからです。
- 集中力の低下
- 勉強への支障
- 読書への支障
- 睡眠障害
- 成長発達障害
- 虫歯・歯周病・口臭
などです。
常時、鼻づまりがあるため口呼吸となると、歯が前に出る、鼻が小さく・狭い、あごが極端に後方になるなど「アデノイド顔貌」という顔つきになります。また、口をずっと開けているので、唾液が乾いてばい菌が繁殖しやすく、虫歯や歯周病になりやすくなります。
アレルギー診断~採血
アレルギー診断のためには、血液を採取し抗体の量を調べる検査を行います。アレルギー反応の原因になるアレルゲンは次の図の表のように数多くあります。音羽病院では一度にアレルゲンを調べる「View36」という検査が主流で、食物、花粉など36種類のアレルゲンを調べ、それぞれのアレルギー反応の強さを0~6の段階で表します。2段階以上のアレルギー反応があったときは、舌下免疫療法のよい適応とされていますが、現在アレルゲンに暴露されているか否かで数値は変化するため、数値が1であっても舌下療法を行うことがあります。
アレルギーの治療~アレルゲンの除去・回避
アレルギーの治療でまず必要なのは、アレルゲンを除去・回避することです。まず、室内や寝具を掃除し、アレルゲンを除去することが大切です。ペットの室内飼育をひかえたり、花粉対策としてマスクやゴーグルをつけると効果的です。
ダニやほこりアレルギーのある方は、次の図の場所を注意してください。一番問題なのは寝具です。中でも、ふけの落ちる枕が一番ダニがたまりやすいので注意してください。家庭の乾燥機は温度が低いのでダニが死なないため、コインランドリーの大型乾燥機を使うと効果的です。また、アレルギーのある方は防ダニ布団を利用するといいですね。部屋では、じゅうたんだけでなくフローリングの溝にもほこりやダニがたまりますから、こまめに掃除して下さい。
アレルギーの治療~薬物療法
抗アレルギー薬や点鼻によって、症状を起こす物質の働きを抑え鼻の中の炎症を抑えて症状を和らげます。昔は血管収縮薬を使っていましたが、長期使用にすると逆に鼻閉や鼻汁が酷くなるため、今は使っていません。市販の点鼻薬を使っている人は、血管収縮薬が入っていないか確認してください。
今は、次の図で○を付けた薬に切り替えています。効果が高く、眠気の副作用が少ないからです。ステロイドとの合剤のセレスタミンは眠気を催し交通事故の原因になりますので気をつけて使用するか、眠気のでないものに切り替えています。
アレルギーの治療~手術療法
当院で行っている手術療法は、日帰りレーザー手術と、全身麻酔で行う鼻副鼻腔内視鏡手術です。レーザー手術は鼻に小さな内視鏡を入れて粘膜を焼く手術です。内視鏡手術は5日以上の入院が必要で、いずれも子どもは基本的に適応外です。
手術をすると、削った粘膜や切断した神経も元に戻りません。レーザー手術の効果は長くて2年程度です。そのため子どもにもできて、痛みのない舌下免疫療法が主流になっています。
舌下免疫療法
アレルギーの治療には、アレルゲン免疫療法として舌下免療法と皮下免疫療法があります。ともに、アレルギーの原因となるアレルゲンを投与していくことにより、アレルゲンに触れた際に引き起こされる症状を緩和する治療法です。
アレルギー診断が正確になされ、臨床症状が感作アレルゲンと合致している患者さんが対象です。
アレルゲン免疫療法の特徴
アレルギーの体質を改善することで、長期にわたり症状を抑えることを目的とした根治療法です。アレルゲンを投与するので、強いアレルギー反応が起こる可能性があるため、初回は外来で注意して開始します。治療は3~5年がすすめられています。7割程度の患者さんに効果があったという報告があります。
舌下免疫療法の副作用
よくある副作用は口の中のむくみで、その他に、かゆみや不快感が出たり、のどの不快感や耳のかゆみを感じたりすることがあります。重大な副作用として、ショック・アナフィラキシーの恐れもあります。アナフィラキシーとは、医薬品などに対する過敏反応で、じんましんや腹痛・嘔吐(おうと)、息苦しさ、ショック症状などがみられます。そのため、過去、アレルゲンを使った治療や検査でアレルギー症状を起こした人や気管支喘息の人、がんや免疫系の病気のある人、他に服用中の薬のある人、高齢者、妊娠中や授乳中の人は注意が必要です。舌下免疫治療は全国の医療施設でおこなわれていますが、臨床試験を含め、重症なアナフィラキシーをおこした例は報告されていません。
高齢の方、妊娠、授乳中の方、アレルギー体質の方は
高齢の方は免疫機能が低下しており、65歳以上の方には舌下免疫療法効果が落ちるとされていますが、それはどの治療、予防注射の効果などについても言えることであり、高齢だからできないということではありません。実際、鼻炎症状がつらいため65歳以上で治療されているケースは少なくありません。
妊娠中の内服は問題ないとされていますが、妊娠中に治療を始めるのは禁止です。授乳中も内服可能です。乳児も花粉やダニの粉を日常で吸っていますので、授乳で乳児にアレルゲンが移行しても問題はないとされています。
重症アトピー性皮膚炎、重症食物アレルギー、アレルギー検査で総lgEが5,000UA/ml以上の高い数値だった人、スギ・ダニ以外のlgEの数値が高くアレルギー体質が強い場合は注意が必要です。
舌下免疫療法の服薬スケジュール(スギ花粉舌下錠の場合)
図のような流れになります。
外来に来ていただいて検査や診断を行った後、初回の投与を1週間行い、状態を見た後、薬の量を倍に増やします。その後は1カ月に1回受診していただき、3年以上薬の投薬を続ける必要があります。洛和会音羽病院で開始するメリットとしては、万一強いアレルギー反応がおこった際には救急対応ができますので、安心です。
スギ舌下免疫療法の開始時期は「6~11月」
スギ舌下免疫療法の開始は、花粉の飛散時期を避け、6~11月までに開始するのがお勧めです。花粉飛散期(スギ・ヒノキは1~5月)までに維持量にする、つまり花粉の飛散が始まる少なくとも1カ月以上前から治療を始めると効果が高いです。
スギ花粉の飛散の終了後、1カ月程度までは治療を開始しない方がいいです。つまり6~12月に開始した方がよく、効果を考えると11月までに始めるといいです。
お勧めの開始年齢は
医師の指示に従えるのが重要なので、個人差があるものの、5歳ごろから開始可能です。5歳以下では安全が確認されていません。
妊娠中は、薬を中止、減薬したい方が多いため、妊娠前に治療効果が出るようにするためには、特に16歳以下の女児はよい適応です。
アレルギー性鼻炎の治療の影響は?
休薬や飲み忘れも、基本的に1カ月以内であれば問題はありません。1カ月以上の休薬があれば、初回導入量から再び始めます。7割程度、週5回程度内服できていれば良いです。
アレルギー治療に使う抗ヒスタミン薬、抗ロイコトリエン薬、ステロイド点鼻薬は舌下免疫療法に影響しません。ただ、長期のステロイド併用は全身の免疫を抑制するので、原則避けますが、短期間の使用は問題ありません。
ヒノキにも効果があるの?
スギはヒノキ科スギ属ですが、主に作用するアレルゲンの形が違うため、スギ花粉の舌下免疫療法を行っても、ヒノキアレルギー反応は改善しない例があると分かっています。
患者さんの背景因子や重症度、年齢などでは、治療の効果は予測できないことが分かっています。予測因子や効果判定の指標は今、研究中です。
ダニとスギの併用はできるの? 値段は?
ダニは局所アレルギー反応が出やすいため、スギ・ダニのどちらも治療したい方はまず、ダニから開始し1カ月後くらいからスギの併用が可能です。スギ花粉の飛散時期である1~5月を避け、副作用がなければ併用します。ダニは朝、スギは夕方服用というように服用します。
舌下免疫療法のおおよその値段を表にしておきました。3割、1割負担では次のような額になります。
まとめ
最後に、今日の話をまとめておきます。次の点が重要です。
- 舌下免疫療法は現在「スギ」「ダニ」アレルギーの患者さんが対象です。
- 子どもは成長や発達に影響を及ぼすので、積極的に治療を検討しましょう。
- 16歳以下の女の子は妊娠年齢までに薬の減量を目指し、積極的に治療を考えてください。
- 薬は7割くらい内服できていればいいので、3年は続ける。
- スギ花粉の舌下免疫療法は6~12月の間に開始する。
プロフィール
洛和会音羽病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
医員
相木 ひとみ(あいき ひとみ)
- 専門領域
アレルギー治療、めまい、難聴治療 - 専門医認定・資格など
日本救急学会 ICLS
日本プライマリ・ケア学会 ALSOプロバイダー
米国外科学会 PTLS - 耳鼻咽喉科 頭頸部外科 専門医
- 補聴器相談医
- 日本静脈経腸栄養学会TNT研修会修了
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