はじめに
寒い時期になり、病院にも狭心症や心筋梗塞で搬送される患者さんが増えています。突然死の原因になる病気です。今日の話を聞いて、予防や治療に生かしてください。
心疾患は死亡率2位の病気
「狭心症・心筋梗塞の予防」「当院での突然死予防の取り組み」「カテーテル治療の進歩と課題」という3つの話をします。まずは予防から。
図を見てください。2018年に厚生労働省がまとめた死因別の死亡率です。悪性新生物、つまりがんが最も多いですが、その次には心疾患が入っています。
次の図の心疾患の分類別死亡率を見ると、心不全がトップですが、急性心筋梗塞が2位、3位の「その他の虚血性心疾患」の中には狭心症が入っており、この2つを合わせると、心不全と同じくらいの数字になります。
心臓は、自分のこぶし大の臓器です。1分間に70回、1日に10万回動いています。動脈が3本通っており、それが冠をかぶったような形になっているため「冠動脈」と呼んでいます。体内を流れる血液量は男性で体重の8%、女性で7%です。体重50キロの男性なら血液量は約4リットルです。1分間に心臓から送り出される血液量は約4~5リットルです。2リットル入りのペットボトル2本分です。それくらい大きな働きをしています。
心臓の働きが悪くなると心不全が起きます。2015年には100万人を超え、がん患者と同じくらいの数になっています。高齢化に伴い「心不全パンデミック(大規模感染)」が予想されています。
心不全の患者は高齢者が多く、平均年齢は70歳で3割が65歳以上です。男性が多く、何回も入退院する人が全体の2、3割います。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
心不全の原因
心不全の原因になるのは、高血圧、先天性心疾患、弁膜症、心筋症、心筋梗塞・狭心症です。心不全の治療は、原因を治すことが重要になります。
心筋梗塞と狭心症の原因になるのは冠動脈の動脈硬化です。この図のように動脈硬化が数十年かけて進展し、だんだん血管の内腔が狭くなってきます。
狭心症と心筋梗塞は同じ冠動脈の動脈硬化が原因で起きますが、「狭心症と心筋梗塞の違い」の図のような違いがあります。図左側が狭心症で、冠動脈は狭窄(きょうさく)状態で詰まってはいません。一方、図右側のように血管が突然、完全に詰まってしまうのが心筋梗塞です。
狭心症の症状
狭心症は一時的に前胸部が圧迫される感じがして痛みがあり、肩や顎、首が痛くなることがあります。重症になると目まいがします。痛みは数分程度、長くても20分くらいです。朝方や睡眠時の安静時にも起こります。
心筋梗塞では激しい心臓発作が
狭心症は一時的な発作で済みますが、心筋梗塞は激しい痛みに襲われ、最悪のときは心臓停止・突然死を招きます。
急性心筋梗塞の患者の14%は病院に搬送される前に心停止します。病院にたどり着いたとしても、急性心筋梗塞の急性期死亡率(発症から30日以内の院内死亡)は高く、6~7%です。
狭心症・心筋梗塞の予防
加齢とともに血管の動脈硬化が進行します。これは老化ですから、どうしようもありません。危険因子を減らすことが重要です。危険因子は、高血圧、糖尿病、脂質異常症、睡眠不足、ストレス、疲れ、肥満、喫煙、運動不足です。
危険因子が増えると、狭心症・心筋梗塞の発症のリスクが高まります。危険因子が1つあると、ないときに比べ5.1倍、2つあると9.7倍、3つあると31.3倍に増えます。危険因子を減らすことがいかに大切か分かります。
中等度狭窄におけるプラーク破綻
急性心筋梗塞は、高度狭窄よりも中程度狭窄した部分が破れて血の塊ができ、閉塞することで起こるケースが多いです。
次の図は急性心筋梗塞の発症時間を示しています。朝方の発症が多いですね。朝方は交感神経の働きで血圧が上がりやすくなり、「早朝高血圧」という言葉もあります。早朝の血圧には注意が必要です。リスクに注意するだけでなく、朝方の血圧管理をしっかりして血圧を上げないような習慣が必要ですね。
突然死の半数が狭心症・心筋梗塞
図のように、突然死の原因の約5割を狭心症と心筋梗塞が占めています。そして突然死した患者の男性で50%、女性で64%が全く自覚症状がなかったというデータがあります。また、急性心筋梗塞を起こした人の68%は冠動脈の狭窄が50%以下でした。つまり、症状が出てからの対策では遅過ぎる可能性があります。
心臓・大動脈瘤検診の検査項目に「冠動脈石灰化スコア」という数値がありますが、図のように、そのスコアが高いほど心臓の血管イベントの発症リスクが高まります。
糖尿病や心臓・血管に付いた脂肪も危険
心臓・血管に付いた脂肪も動脈硬化の原因になります。血管では血管周囲の脂肪内でできる炎症性サイトカインやマクロファージが、新生血管からプラーク内に放出され、局所の炎症を引き起こしています。
また、心外膜下脂肪が過剰に蓄積された場合、隣接する冠動脈に影響し冠動脈硬化などを招きます。
図のように2型糖尿病患者の心血管イベントの発症リスクは高くなっています。
心筋虚血の診断方法は
冠動脈の梗塞を調べる検査方法は、冠動脈CT、放射線医薬品を注射して特別なカメラで撮影する「心筋シンチグラフィ」、心臓MRIがあります。
これらの検査を基にカテーテル治療を行うことが増えていますが、急性心筋梗塞の患者さんに対しては「door-to-balloon time」といって、閉塞した冠動脈の血流を再開させる治療が開始されるまでの時間が短いほど、救命率が上がり、予後も良くなります。
カテーテル治療
狭窄が進んだ冠動脈に対するカテーテル治療が進歩しました。初めはバルーン治療のみでした。図のようにカテーテルで狭窄している血管の部分にバルーン(風船)を入れて膨らませ、血管を広げる治療ですが、急性期の血管の解離・閉塞や、慢性期の再狭窄が問題でした。
そこで開発されたのが、網状になった金属製の筒を狭窄した部分に入れるベアメタルステント治療です。ステントを広げて血管内に残しますが、この治療でも再狭窄を起こしました。バルーンのみでは、30~40%再狭窄を起こしており、ベアメタルステントでは20~30%再狭窄を起こしています。そこで、その再狭窄を防ぐため、薬剤が溶け出るステントが開発され、再狭窄率は10%以下に減りました。
カテーテルの課題と進歩
薬剤溶出性ステント(DES)を用いたカテーテル治療にも課題が残っています。図のように、1年目以降も、ステント血栓症が増加します。薬剤溶出性ステント(DES)にも、ストラットの厚さや、薬剤溶出後も耐久性ポリマーが体内に残ること、高薬剤量といったことが問題でした。
そこで、それらを解決した第2世代のDESが開発され、現在は一般的に使われています。
冠動脈の石灰
冠動脈の石灰化という課題もあります。図の白い部分が石灰化した部分です。
石灰化が進むと、通常のバルーン拡張では血管が広がりません。石灰化が進んだ血管では、ステントの拡張不良が起こり、ステント血栓症やステント内の再狭窄を起こす原因になります。
石灰化を削って割る
冠動脈の石灰化した部分をロータブレーターで削るという治療があります。図がその治療の画像です。
ロータブレーターは図のような器具です。カテーテルの先端に小さなダイヤモンドを装着した丸い金属を付けて高速で回転させ、血管内腔の石灰化した固い部分を削る治療です。施設基準を満たした施設でのみ使用が可能です。
2018年11月からは、より広範囲に石灰化した部分を削ることができる、図のようなダイヤモンドバックという器具も使えるようになりました。
カテーテル治療の課題
カテーテル治療はどうしても金属が体内に残ってしまい、ステントが腐食したり、金属アレルギーを引き起こしたりする問題があります。
それらの対策にできたのが、図のような生体吸収性スキャフォールド(BRS)です。要は、溶けてなくなるステントですが、残念ながら、まだ日本では使えません。
一方、冠動脈にたまった粥腫(じゅくしゅ:コレステロールが内壁に蓄積したもの)を切り取る方向性冠動脈粥腫切除術(DCA)があります。2018年4月から使用を始めた器具で、回転する片側に刃、もう片側にバルーンが内蔵されており、バルーンで血管を膨らませて刃の付いている部分を粥腫に押し付け回転させて削る仕組みです。
さらに、レーザーを使った治療法もあります。2018年6月から使用を開始しています。冠動脈に挿入したカテーテルの先端から「エキシマレーザー」というレーザーを照射し、閉塞した血管を開通させる方法です。
ロータブレーターやダイヤモンドバック、さらにはこのDCAやレーザーを用いた特殊なカテーテル治療は、習熟した手技が必要です。洛和会音羽病院でも、この手術を行うのは一部の医師だけです。しかし、すべての患者にこれらの特殊カテーテル治療を行う必要はなく、手術前のCT検査や冠動脈造影から判断し、最適な治療法を選びます。すでに症状がある方は、突然死を防ぐため、これらの特殊カテーテル治療が可能な病院での治療をお勧めします。
まとめ
まとめです。次の3点が重要です。
- 狭心症、心筋梗塞は突然死の原因となります。
- 突然死予防には心血管スクリーニングによる早期発見、早期治療が重要です。
- カテーテル治療の進歩は目覚しいのですが、課題はまだ残されており、デバルキング(動脈の狭くなった部分を切除したり、削り取ったりする)器具を用いたカテーテル治療が望まれます。
自分の命を救うため、大切な人をなくさないために、心臓や大動脈瘤の検診を受けていただきたいと思います。とりわけ、糖尿病などの危険因子をお持ちの方、タクシーやバスの運転手など、多くの人の命を預かる職業の方は、自分は大丈夫だと思わず、検診を受けてください。突然死された方の多くは自覚症状がありませんでした。ご注意ください。
プロフィール
洛和会音羽病院 心臓内科
部長
横井 宏和(よこい ひろかず)
- 専門領域
冠動脈インターベンション、末梢血管インターベンション、急性期医療 - 専門医認定・資格など
日本内科学会認定総合内科専門医
日本循環器学会認定循環器専門医
日本心血管インターベンション治療学会専門医・施設代表医
植込み型除細動器/ペーシングによる心不全治療研修修了
医学博士
臨床研修指導医
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